(中編からの続きです)
夜行列車の旅は、目覚めた時、今どこを走っているのだろうってまず車窓を確かめることから朝が始まります。
 
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庄内平野を北上中でした。すっかり雪の消えた水田の向こうに鳥海山が美しい裾野を広げています。
通常のダイヤでは未明に通過してしまう区間なので、日本海でこの景色を眺めるのは貴重だと思います。
 
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やがて日本海が見えてきました。波は穏やかで、もうすっかり春の海の様相です。
私は後方の2号車に乗車しているので、カーブに差し掛かった時、先頭の機関車や前方の車両がよく見えます。
この日は通常の編成よりも2両多く連結されていますので、長距離列車らしい貫禄があり、見応えがあります。
 
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さて、列車は秋田県に入り、羽後本荘駅に到着しました。
(デッキの窓に複数のカメラが吸盤で設置されているのが分かりますか?動画を撮って投稿するんでしょうね)
 
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ここでは駅員さんが横断幕を持ってお出迎え。この日が最後なのだいうことを改めて実感してしまいました。
 
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秋田を過ぎると、進行方向左側には八郎潟干拓地が車窓いっぱいに広がります。
車内では通常では行われていない車内販売が開始され、弁当や記念グッズが飛ぶように売れていました。
 
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もう時計は9時を過ぎています。さすがに寝ている人はおらず、皆さん思い思いに朝の時間を過ごしています。
通常のダイヤでは8:45に青森に到着してしまうのですが、ラストランの特別ダイヤでは青森着が12:42!
つまり4時間も長くブルートレインに乗っていられるのです。これはお得ですね~(←この発想って変?)
 
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列車は秋田県から青森県に入りました。内陸部はまだ雪が多く残っていますね。
 
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むむ、この辺り、周囲には雪が積もっているのに、一部だけ雪解けが早くなっているぞ・・・???(お約束)
 
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ところで、下り日本海には「立席」という制度があります。東能代~青森間は、立席特急券を別に買えば、
寝台券がなくてもB寝台に乗車ができるのです。短区間だけ利用したい場合に便利ですよね。
「立席」といっても「寝台としての利用はできない」という意味であって、ベッドに着席することは可能なんです。
この下り日本海の立席利用も、この日を持って終了となります。
 
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列車は弘前に到着。もう正午近くになっています。(でも、全然退屈しないんですけど・・・笑)
弘前駅の出発案内表示では、日本海は臨時列車扱いとなっていました。
 
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さあ、日本海の車窓のハイライトとも言える岩木山は・・・残念、この日もその姿を見せてはくれませんでした。
前回もフラれただけに、ダメージが大きい・・・
 
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ついに最後の停車駅・新青森に到着。あと1駅になってしまいました。名残惜しさが募ります。
なお、今後GWに運行が予定されている臨時日本海は新青森を通過しますので、この光景も過去のものに。
新青森出発後、定番のチャイムが流され、車掌さんによる最後の放送が行われました。
ラストランにふさわしい、本当に素晴らしい放送でした。私もですが、きっと多くの乗客が感動したはずです。
 
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青森駅のホームでは、やはり横断幕を持った駅員さんが出迎えてくれました。感慨深いな~
窓ガラスの雨粒が、まるで日本海の涙のようです。
 
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青函連絡船現役時代の名残をとどめる青森駅の長いホームに降り立ちました。
何度も言いますが、青森駅は本当にブルートレインがよく似合う駅です。
ホームが行き止まり式になっているので、“終着駅”という言葉がピッタリはまるんですよね。
 
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機関車の直後の電源車は、また独特の顔をしていますよね。白の短いラインが髭のようにも見えます。
なお、上の写真にNHKのカメラマンが写っています。実は帰宅後青森在住の親戚から電話があり、
「お前、テレビに映ってたぞ」とのこと。これは恥ずかしい・・・(赤REVさんはさすがに見ていなかったっすよね?)
 
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機関車は青森到着後、すぐに切り離されて側線に移動。ここまで無事に運んでくれてありがとう。
 
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列車に乗っていた人も、見物にやって来た人も、なかなかホームから離れようとしません。
皆さん名残惜しそうにしています。大阪から19時間近くも乗り通せば、愛着がわかないはずがありませんよね。
この後、「ありがとう!」の掛け声や、多くの拍手に見送られ、下り最終日本海は静かに引き上げていきました。
1つの時代が終わった瞬間でした。
 
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今回の旅ではたくさんの記念グッズが販売されました。大事にしまっておきたいと思います。
さよなら、そしてありがとう日本海・・・
 
(追記)
これまで日本海は多くの“人生”を運んできました。乗った人の数だけドラマがあったと言えるかもしれません。
特に読売新聞のこの記事を読むと、そんなことを思わずにはいられなくなってしまいます。
(リンク切れの場合はご容赦ください)