JRグループのダイヤ改正日が目前に迫った3月9日、私は列車を乗り継いで青森駅にやって来ました。
 
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夕方の5時過ぎだというのにこの明るさ。風は冷たくても、季節は確実に春に向かっていることを実感しました。
 
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改札口で見上げた出発案内板。毎日見られたこの光景も、あと数日で過去のものになろうとしていました。
 
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このブログでも何度も記事に書いてきた寝台特急あけぼの。その7号車乗車口案内板の真下に立った私には、
ある万感の思いがこみ上げていました。このひと月の胸のつかえをようやく取り去ることができるからです。
 
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そう、私が手にしているきっぷは7号車の寝台券、つまりA寝台個室(シングルデラックス)の寝台券なのです。
先月その乗車のチャンスをつかみつつも、関東地方の大雪のために頓挫してしまったA寝台個室の旅。
もう乗車は絶望的と思っていたのですが、何とあけぼの最後の日曜日の上りの寝台券が手に入ったのでした。
 
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夜の帳が降り始めた青森駅3番線ホームに、あけぼのが静かに入線してきました。思わず胸が熱くなります。
 
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一度は諦めたA寝台個室(シングルデラックス)の旅。それが今、廃止直前の土壇場で現実になったのです。
 
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寝台特急あけぼのは、1970年10月に運転を開始。以来、新幹線の開業による経路の変更はありましたが、
上野と青森の間を毎日走り続けてきました。私が生まれる前からずっと頑張っていると思うと頭が下がります。
 
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高度経済成長時代、集団就職で上京した人々にとって、豪華なあけぼので帰省することは憧れだったそうです。
あけぼのでの里帰りは“故郷に錦を飾る”という意味があったのだとか。そのため出世列車とも呼ばれました。
 
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東北新幹線が新青森まで開業しても奇跡的に生き残ったあけぼの。根強い人気を誇っていることの証でした。
 
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あけぼのが深夜に通過してしまう新潟県に住む私には、あけぼのの魅力を語る資格はないのかもしれません。
でも、これだけは言えます。掛け値なしに、ブルートレインあけぼので旅することが心の底から大好きだったと。
 
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地方では列車のことを「汽車」と呼ぶ習慣がいまだに残っています。特に長距離列車を指して使われます。
あけぼのは夜行列車でもあるので「夜汽車」ということになります。「夜汽車」って、いい響きのことばですよね。
 
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大阪行きの日本海に続いて、あけぼのも廃止。今後は札幌行きのはまなすが青森唯一の夜汽車になります。
国鉄時代の面影を残す長い青森駅のホームも、あけぼのとの別れを惜しんでいるかのように見えました。
 
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あけぼのの発車するホームには立ち食いそば屋が健在。旅立ちの前にそばをすする人が多く見られました。
(3月15日の朝に放送されたNHKニュースおはよう日本では、このそば屋で42年間働き続ける女性が登場。
「あけぼのはどんな存在ですか」というアナウンサーの質問に、「私の青春でもあるのかな」と答えていました。
その短いことばの中に奥深いものが感じられ、ニュースを見ていた私は不覚にも泣いてしまいました・・・)
 
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幻想的な冬の青森駅のホーム。廃止を目前とした今、惜別の二文字がいっそうこのホームによく似合います。
 
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発車時刻の直前になって、急に雪が強く降り始めました。北東北に春が到来するのは、やはりまだ先ですね。
 
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止む気配のない雪は、まるであけぼののフィナーレを演出するライスシャワーのようにも思えてきました。
あるいは、時代遅れという宣告に抗うことなく潔く散っていく、満開の桜の花びらと言ってもいいかもしれません。
念願だったあけぼののA寝台個室の窓からこの光景をぼんやりと見ていた私は、心の中でそっと呟きました。
あけぼので見る雪はこれが最後ねと・・・(続く)