唐突な書き出しですが、私は“S”かもしれません。もっとも、もしも私が磁石だったら・・・の話ですが。
どこかへ出かけるとなると、つい本能的に北を選択してしまうのです。まるで北に引き寄せられるかのように。
関東甲信地方を記録的な大雪が襲った日、私は北へ向かう列車に乗って旅立ちました。

乗車したのは特急いなほ1号秋田行きです。この列車には3月までに乗っておく必要があると思っていました。

この特急いなほは、上越新幹線が開業する前は上野~秋田・青森を結ぶロングラン特急でした。
現在は新潟~酒田・秋田を結んでいますが、1日7往復のうち、6往復に国鉄時代の車両が使用されています。

この車両は485系というのですが、今年3月のダイヤ改正で、新潟~秋田を運行するいなほから引退します。
ダイヤ改正後は新潟~酒田の2往復に大激減してしまうのです。もはや完全引退は時間の問題でしょうね。

この列車の先頭1号車の前寄り半室はグリーン席です。座席数はわずか16席でとてもゆったりしています。
今春以降、もうこの車両が酒田以北を走ることはない。だったら思い切って贅沢してしまおうか、とも思いました。

しかし、結局私は庶民の味方・自由席を選択しました。もちろん節約の意味もありますが、目的は別にあります。
今の時代、特急列車には電光のインフォメーションボードは標準装備ですが、この車両にはありません。
自由席の表示も、号車番号の表示もアナログな差し込み式。でもこのレトロな感じがいいんですよね。

座席は一応リクライニングシートですが、シートピッチはかなり狭く、足の長い人にははっきり言って窮屈です。
でもね、座席を回転させて向かい合わせにすれば極上シートに早変わり!これなら楽々足を伸ばせます。
混雑時にこれをやれば大ヒンシュクですが、この日の自由席はガラガラ状態。遠慮なく独占させてもらいました。
これはある意味グリーン席よりも快適だと言っても、決して過言ではないかもしれませんね。

越後平野から庄内平野、そして秋田平野と日本有数の穀倉地帯を駆け抜ける列車にふさわしいネーミング。
国鉄時代に制定されたイラスト式のヘッドマークはシンプルながらもほのぼのとした旅情を感じさせてくれます。
今となっては、このイラスト式ヘッドマークを掲げて走る特急列車はごくわずかになってしまいました。

さあ、いよいよ北に向かって出発です。新潟の市街地を抜ければ、早くもそこには冬の荒涼とした風景が。
鉛色の空に真っ白な雪原。空と大地の境をなす集落や防風林が、漢数字の一のように続いていきます。

ところでこの485系の特急いなほには、ちょっとしたお楽しみがあります。下りの場合、村上出発直後要注意!
直流から交流への電源の切り替えが行われるのですが、この間、車内の照明が消えてしまいます。
明るい時間帯は特に支障はありませんが、夜間の場合は本当に室内が真っ暗になってしまうのです。
実はこれが「銀河鉄道の夜」って感じで実にムーディーなひと時なんですよ。一度経験してみる価値ありです。
(なお、JR世代の新型車両の場合は、車内が暗くなることはありませんのでご注意ください)

そして村上を過ぎると進行方向左側に日本海が見えてきます。これもまたいなほの旅の大きな楽しみです。
この日の日本海は冬にしてはかなり穏やかな印象でした。この先、しばらく笹川流れという景勝地を進みます。

途中の府屋では、上りのいなほ6号とすれ違いました。あちらは485系のリニューアル車両になります。
新潟地区の485系にはいくつかのバリエーションがあり、どの車両に当たるのかも楽しみの1つと言えます。

あつみ温泉を過ぎると日本海を次第に離れ、丘陵地を越えた後、庄内平野へと進んでいきます。
庄内平野のJR羽越本線は、平仮名の「つ」を描くように大きくカーブ。先頭の向きが東→北→西と変化します。
そのため、鳥海山が場所によって車窓の左に見えたり右に見えたりするので面白いですよ。

酒田に到着。ここでは、上りのいなほ8号と交換しました。あちらの車両はE653系というJR世代の車両です。
昨年9月に登場したこの車両、そのカラーリングからマニアの間では「フルーツ牛乳」と呼ばれています(笑)
現在はいなほ7号・8号の1往復のみですが、3月のダイヤ改正以降は7往復中5往復に使用されることになり、
酒田以北はすべてこの車両に統一されます。

酒田を出るといよいよ鳥海山が間近に迫ってきました。あいにく山頂には雲がかかっていますが秀麗な姿です。
ところでこの特急いなほは、列車旅が大好きな私にとって原点と言える列車かもしれません。というのも、
私の母の実家が青森にあり、子どもの頃、毎年お盆になるといなほに乗って帰省するのが恒例だったのです。
その当時から今日までずっとこの線路を走り続けてきた485系車両も間もなく引退。感慨深いものがあります。

それにしても、いくら閑散期とはいえこのガラガラぶりはどうしたことでしょう。1両に5人程度しか乗ってません。
おかげでほぼ貸切状態の快適な旅を満喫できた訳ですが、この有様にはちょっと悲しくなってしまいましたね。

列車が秋田に向けてラストスパートに入った頃、車窓に雪が舞い始めました。しかも徐々に強くなってきます。
それはまるで、この先私に立ちはだかることになる“悲劇”を暗示しているかのようでした。

約3時間40分の旅路の末、終点の秋田に到着しました。かつては青森まで行くいなほもあったんですけどね。
さて、485系のいなほに乗ることが今回の旅の目的なら、これでもうこの旅は終わることになります。

この後、折り返しのいなほ10号新潟行きに乗れば、同じ485系車両の旅を引き続き楽しむことができます。
でも、この記事の冒頭に書いたように、私は“S”なのです。どこからともなく去年の話題曲のフレーズが。
「北へ行くのね、ここも北なのに」
そう、寒さこらえてホームで待ちます。特急つがる3号青森行きを・・・(続く)
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